[らっぽんの歴史]

「あいはらまさかず」

私はからだが動かなくなりました。

毎月300時間激務時代に いきなり激痛が襲いました。

それから寝たきりになりました。

いろんな先生・本・セミナーに出逢い わかったこと。

「どれも効果があるけど一瞬で戻る」

私のからだが快方に向かった最大の理由は

「からだの使い方を知ったから」

あなたにもその感動を知ってほしい。

それが開業した理由です。

未だに勉強・研究・臨床の毎日ですが

からだは本当に面白い。

信じられないかもしれませんが

一般の健康イメージとは大きく違います。

本当のからだの仕組みを知ると

人生が180度変わるくらいの衝撃があります。

歳をとるのが楽しみになります。

だから ぜひ学びに来てください。

私に興味ある人には 一生かかっても教えます。

所長むぅ♂12才(見た目3歳)

誰にでもお手・おすわり・おかわりができるように教えています。

誰にでもなつきます。

その芸は多彩で

フセ・超フセ・おねがい・タッチ・ウインク・おじぎ・アゴなど本当に愛くるしいチワワです。

おやつは1人3個まで。

どうしても犬が苦手・アレルギーなどある方は

予約時にお申し出ください

らっぽんの歴史

私は22の頃 ハードワークしていました。

そして 重度の椎間板ヘルニアになりました。

坐骨神経痛にもなりました。

起き上がれなくなり 寝たきり生活を送りました。

「このまま起き上がれなかったらどうしよう」

22才で人生初めて不安になりました。

昔からお世話になっていた接骨院がありました。

当時貧乏だった私は お願いをして1日に2回以上無料で通わせてもらいました。

おかげさまでだんだんと普通に動けるようになりました。

でも 完全には治りません。

からだに「爆弾」を抱えるような生活に変わってしまいました。

 24の頃 まだ当時はあまり知られていなかった「整体」というものを発見し通うようになりました。

当時の自分には高額だったけど「治る」と言われて回数券を買い通いました。

でも

何も変わりませんでした。

それから腰痛を完治させるために治療院巡りの人生が始まりました。

カイロ・鍼灸・オステオパシー・キネシオロジー・アロマ・足裏リフレ・気功・上部頚椎専門・脊髄電圧・高位電圧・・・など上げればきりがありませんがとにかくたくさん通いました。

それでもパッとしません。

1999年から独学を始め

2000年 26才の頃 からだ総合研究所を 開業しました

「治療専門」として立ち上げました

くる人はみんなからだがボロボロでした。

「何とかして欲しい」と施術を頼まれました。

でも

みんな「予防意識があまりない」

当然

治せない。

病気で亡くなっていく人たちをたくさん見てきた20代。

当時は

バキバキ系のハード整体。

自身のからだも壊れました。

120%以上の筋力を使い施術を行っていました。

恥ずかしい話ですが

一年に一回は必ず腰が動かなくなり寝たきりになっていました

そんな多忙の中

往診を頼まれました。

高齢者のパーキンソン病患者様。

脳障害は右も左も分かりませんでした。

手探りで 学びましたが自分の無力さを知り

脳神経科の先生のところに行き 「一緒に見て欲しい」とお願いしました。

鍼灸の先生にもお願いをしました。

3人でチームで1人の人の治療にあたりました

「どうしても治してあげたい」

3年間往診治療を続けました。

しかし その人は施術中に還らぬ人となりました。

その時

私の今の「原点」ができました。

助けてあげられなくてすごく悔しかった。

がんばってもどうにもならない自分の無力さを知った。

漠然と「予防医学」の尊さを感じるようになりました。

2004年に

女性専用の「カラダラボ」をオープンしました

治療ではなく「美容専門」として出しました。

理由は昔から私の母親が難病にかかっていたから。

母へのトラウマからだと思います。

女性スタッフとともに美容専門の女性専門店を開くと

治療でくるお客様とは「層が違う」

治療で来る人は「予防意識が薄い」

「予防」のお話をしても聞きません。

美容で来る人はキレイになりたいので「予防意識が高い」

「予防」のお話を好んで聞いてくれます

この大きな気づきを持ち

本格的に「予防」をメインに活動していこうと思いました。

「予防意識があったら助けてあげられる人が増える」

あの日より 私がずっとやりたかったこと

「予防」を意識してから この仕事が楽しく思えるようになりました

そして

「予防」を意識し出して 勉強を始めたら自分のからだが一番変わりました。

まだ若かった自分には 治療でくるお客様に「予防」を伝えていくことは困難でした

2008年 ワーク活動「LAPPON」をスタートします

(LAPPONの意味はあとで明記します)

「本格的に予防を伝えていく活動」が目的

予防を広く伝えようとワークをはじめました。

一対一ではうまく伝えられる予防医学情報。

でも 大人数だと全く伝わらない。

ワークの準備・時間・コスト

手間暇かけても結果が出ない・伝わらない

完全に情報不足でした。

伝え方のスキルが低すぎました。

チーム全体の意識も・・・

ワークをやればやるほど いろんな問題が。

仕事の負担もどんどん増えていきました。

ストレスがたまりながら

2012年 らっぽんはうすオープン

予防を楽しく伝えていくためのお店として作りました

らっぽんはうすはネーミングのごとく軽いイメージのお店

「美容」の層ではなくて「癒し」の層がターゲット。

「癒し専門店」です。

リラクゼーション業界(癒し業界)は治療業界・美容業界を超え需要が一番大きい。

当時は業界ピークでした。

このたくさん人が集まる癒し業界に「予防のタネ」を撒こう!

そしたらもっとたくさんの人を健康にできるのでは?

そう信じました。

「治療」の世界以上に お客様が多いのは「美容」の世界ですが

それ以上に多いのが「癒し」の世界です

癒しの世界に「予防のタネ」を撒き たくさんの人を健康にする

それが一番いい

しかし・・・

癒し業界は「予防意識」がかなり低かった。

でも 諦めたくなかった。

現在 らっぽんはさらなる進化をしました。

2016年から

治療・美容・予防・癒しの集大成を作りました。

その代わり

意識がついてこれなくて チームは崩壊しました。

それでも貫き通しました。

「らっぽん」という名前に込めた強い想いを必ず実現させたかったから。


L IFE LONG‥(生涯続く)

A NTI AGING‥(若返りの)

P REVENTIVE MEDICINE‥(予防医学を)

P OSTURE IMPROVEMENT‥(姿勢改善と)

O RGANIC INGREDIENTS‥(食材・食べ方と)

N EUROTOXIN WITHOUT‥(神経毒排除の視点から伝えていく)


現在は

このテーマに向かい 本格的に動くことができる環境を着々と作っていけるようになりました。


らっぽんの永遠のテーマ

「世界から慢性病を0にする」


地域からなくしていくのだって難しいです。

それを「世界からなくす」という無謀なテーマに敢えてしました。

「世界」には二つの意味があります

「世界」を視野に入れた方が 規模が大きいので 活動内容が変わります。

途中で目標を上げていくんじゃなくて

初めから大志を抱く。

そうすれば自分が死んだとしても

らっぽんができなかったとしても

2100年頃には本当に「病気のない世界」が叶うんじゃないか?

そう本気で思いながら身近なところからやっています。

信じています。


もう一つの「世界」というのは

「あなた自身」の世界のこと

「あなたという世界」が生まれた時からそこにあります。

その世界から慢性病が0になっていく人生を 選択して欲しい。

全力で応援します。

この考え方に賛同できる人がいたら何かやっていきたい。

「あなた自身」のためにも

「この星」のためにも

何かのきっかけになれればと思っています。

本気で「慢性病をなくしていく活動」をしていきたい

興味ある方は ぜひ 応援してください


★取材関係★

2006・・・高橋麻衣子さん(通称まいち)が施術体験

2007・・・週刊実話にて当店が「頭蓋骨矯正とうつ病の改善」特集の取材を受ける

2012・・・原千晶さんが院長にインタビューに来る

高跳び日本一 戸邊直人選手メンテナンス中(世界一を狙っています)

その他 モデル・芸能人・アスリート・毎週テレビ出演の弁護士さんなど 活躍中の方も多数来院中。 

↑ イメージキャラクター らっぽんです。この笑顔が世界に羽ばたいていきますように。